一般社団法人SHOEHORN

福祉の隙間

福祉の隙間

昨晩「福祉の隙間、制度の谷間・狭間」をテーマにした意見交換会を実施させていただきました。

児童養護福祉職の方、ほかの福祉職の方。社会的養護経験者の方。ボランティアとして児童養護に関わっている方。学生さん。ジャーナリストの方。様々な立場の方で、標題から想起された事例や事柄を発表しあい、それに関連する解決案やキーワードを「見える化」して添付のような画像データに残しました。

「福祉の隙間」は弊社起業のきっかけとなったキーワードです。

子供の権利と照らし合わせると要支援、しかし福祉の手から離れている。そんなケースに立ち会わせていただく過程で、どうやら「既存の福祉サービス」に隙間があるとの仮定のもと、従来にない(発想がないというよりはビジネスモデルがない)仕組みの「カフェ」を開業しました。

やりたかったこと、みたかった光景は期待以上に経験させていただくことができました。しかし別の気づきに対することになりました。それは福祉の世界とその外にある世界との溝です。まったく予想していなかったのですが弊店には「児童福祉のために何かできるのか」判断材料を求めてご来店なさる方が多くいらっしゃいます。事実として、児童福祉の法人の戸を叩いて答えを得る方が少ないのだと思いました。それに加え、個人の方の「やりたい」と現場側の「協力してもらいたい」が噛み合っていない事例が少なくないのだと感じました。

メディアに露出する方(政治家、人権団体、支援団体、ほか識者)の「説明」に、「そうそう!」と思える内容のものが少ないことにも驚きました。学生という立場ですから、まだ理解の届いていない内容もあると思いますが、拝読した記事の主張は、あまりにも極端すぎるか、部分的すぎる。単に児童養護の事象が「消費されている」としか思えない扱い方も多々見受けられました。

「なにかしたい、やりたい」と思ってくださる方がいるのに、福祉の現場の、地域に対するニーズが伝わっていないのでは。もったいないと感じながら、まだ福祉の全体像が俯瞰できていない、在学中の私には、手に余る問いに思えました。

その課題に対する気持ちもあり、今回の学習会を催させていただきました。司会を、当事者活動をされている若い方に委託し、私も参加者として参加させていただきました。

福祉の隙間、制度の谷間・狭間という言葉は(私が習っている先生によると)定義のない単語だそうです。あやふやな言葉。それでも現場の意識にぶらさがる言葉。

そんな境のない概念をなるべく視野狭く捉えないよう、皆さまのお話を伺ったのですが、大正解で、本当にいろいろな事例やお考えを伺うことができました。

制度の具体的な事例、支援者の人柄の違いが起こす事例、死角になっている事例。などなど。いま振り返ると、以下の理由による隙間があるのだと学びました。

①予算の配分の隙間

②世間の認識の隙間

③世間の常識の隙間

①は、事業としての福祉についてです。単純に「お金にならないからできない」ということです。社会福祉法人さんもNPOさんも「くっていく」ために働かれています。もちろん「お金にならない」ところまで尽力されている支援者の方には数え切れないほどお会いしますが、予算がないということは業務がデザインされないということでマンパワーが不足します。

事業外の「用件」には対応ができないということ。加えて、事業外の「用件」を、対象となる外部団体に紹介する業務も事業外という可能性が高い(「うちでは受付できません」という返答。そもそも助成金の財布事情からして外部団体と利害関係がある可能性も)、ということ。

さらに具体化されていない「用件」は、紹介される機会すら失してしまうことが挙げられると思います。自分の「困っている」を公的な「用件」にする作業に不慣れな少年が福祉に頼ることを諦めるのを、多く見てきました。

②予算や世間的なサポートの量についてです。所感になってしまいますが、いま児童福祉は、民間のサポートや、新設できる事業が比較的多いです。子ども食堂や、児童養護施設のボランティア。あるいは、世間的な関心からの寄付や物的協力などです。その対する領域としては「ホームレス」や「聴覚障がい」や「難病の一部」などです。極論ですが、どんなにご本人の認識から必要でも、世間的に知られていない(光の当たっていない)事柄に、公的なサポートは生まれにくいです。

③世間の常識の隙間

世間の共感を生まない事例です。「自業自得じゃん」がこれに当たります。支援の力が多く注がれるのは「共感を集める」ストーリーのあるところです。私たちも人なので「かわいそう」「応援したい」など、感情移入しないと他人事になかなか関心が持てません。だから、顔出しがあって、どんなに「かわいそう」でどんなに「この団体のサービスが必要か」わかりやすく訴えてもらうと、「協力」に手が伸ばしやすいです。ただ、そういった切り口の寄付募集のプロジェクトを見るたびに「まだ社会遂行量力が未熟で、世間受けしない人たちにこそ必要だよなあ」とくさくさ思ったりすることがあります。ちょっと感情的な話です。

解決案として学んだのは①情報②人③組織、以上三つの適切なマッチングです。

①は、正しい情報です。主観ではない、個人的でもない、事実と俯瞰の情報。それが一つ一つ、必要な人に与えられること。ボランティアさんに対する、適切な指示。地域の誰かに助けて欲しい内容。関わってもらう方に気をつけて欲しい事項。世間を形作る、一般の方に対する、福祉の正しい現状と課題。現場の方に対する、国から与えられている使命と評価。

②は人と人の出会いです。間違いないというには若すぎますが、経験談として、人の成長において、出会いは宝です。声をかけてくれる地域の商店さん。ふと世話してくださる大人。などなど。特に、制度の隙間にある一つ一つの事例について、個別的な関わりをしてくださる期待をこめるべきは、福祉外の人だと思います。職場体験をさせてくれる店主さん。PCの実務を教えてくださるエンジニアの方。朝の通りすがりに挨拶をくれる大家さん。近くに住んでいて、目の端に捉えていてくれる、ご近所さん。行きつけのバーのマスター。良縁です。

人は一人ひとり違って、相性や必要が異なります。そういった個別的で、でも福祉職として満たしてあげたいニーズは、地域の方と一緒に一つ一つマッチングを目指すべきだと思います。誰にでも必要なニーズは、専門職が。細分化したニーズは、地域の力を借りて。そうやって福祉のサービスの質を高めていくべきだと思います。

③の組織でも同じです。組織間。福祉と民間。メディアと現場。福祉と福祉。組織と個人。仕組みや立場の異なる存在が、必要と必要で結びつくマッチングが、都度必ずあると思います。

私の現時点での結論は、マッチングをする「主体」が必要だということです。情報と人と組織を、マッチングする業務、あるいはインセンティブのある組織。そういった機関・サービスの主体はないのでしょうか。形ではなく、実際的な現状として。

私の卒業論文のテーマは「割り当て」です。予算の割り振りを学ぶことで、より自分のテーマについて理解を深めていきたいと思います。

最後に、学習会に参加してくださり、多くの知見と学びの種をくださった方々にこの場を借りてお礼を申し上げます。参加を検討してくださった方々にも。

学びを生かすよう、努めていきます(社)。

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